『素直になれたら』
〜遙かなる50のお題 40〜





ふと、どこの部屋からだろうか。途切れ途切れに聞こえてくる話し声に気づいて、望美は立ち止まる。
(この声、九郎さんだ・・・)
そう気づいてしまえばやはり気になって、声のする方へと足を向けていた。
そして、話している相手の声が弁慶だとわかる距離まで来ると、書物を手にした九郎が真剣な面持ちで話しこんでいる様子が見て取れた。
(今話しかけたら、邪魔しちゃうかな・・・)
相手が弁慶ならば、その内容は次の戦に関わる重要な打ち合わせをしているのかもしれない。
立ち去るべきだろうか。あるいは自分も加わっても良いのだろうか。九郎にじっと視線を送りながらも決めかねる望美に、すぐ近くから声がかかった。
「そんな風に見つめるなら、相手はオレにしてほしいけど?姫君」
いつのまに来ていたのだろうか。傍らで笑みを浮かべるヒノエのからかいに、驚きつつも言い返す。
「もう、そんなんじゃないよ。大事な話の途中なら、話しかけないほうがいいのかなって思っただけ」
答える望美の声に気づいたのだろう。九郎と弁慶が揃ってこちらへ視線を向けた。
「ごめんなさい!」
話を中断させる結果になって、望美は慌てて頭を下げる。その様子に弁慶は首を横に振って答えた。
「九郎に和歌を教えていたんです」
「和歌?九郎さんがですか?」
九郎と和歌というのは結び付けがたいように思えて。意外な言葉を思わず聞き返した望美に、九郎が頷いてみせる。
「ああ。京の貴族に東国武士は教養がないと、甘く見られるわけにはいかないからな」
源氏の長の名代という立場にある九郎。彼の評価はつまり鎌倉殿の評価にも繋がるもの。
純粋に兄、頼朝を慕う九郎のこと。兄の名を汚すわけにはいかないと、そのためにも努力をしているのだろう。
(大変なんだろうな・・・)
自分が和歌に詳しかったならば、協力することもできたのだろう。けれど、それができないのが残念で。
やはり教えを請うならば、弁慶やヒノエが適任なのだろう。
それでも、少しでも何かの力にはなりたくて。望美はふと思い浮かんだ歌を口にしてみる。
「私も詳しくはないんですけれど、確かこんなのもありましたよね。えっと・・・『人知れずおもへばくるし 紅のすゑつむ花の 色にいでなむ』」
拙いながらも、力添えしたいという望美の気持ちは通じているのだろう。九郎は真剣な面持ちでその歌に耳を傾けてくれる。
しかしその隣で、朱雀の二人は九郎とは違った反応を見せていた。
「おや?」
小さく口にして微笑む弁慶。そして、ヒノエはヒノエで面白がるような笑みを浮かべている。
その様子を望美が訝しがるより先に、ヒノエが恭しく望美の手をとってみせた。
「姫君がその歌を口にするとはね。オレならこう返すかな『秋の野の をばなにまざりさく花の いろにやこひむあふよしをなみ』」
「??」
その表情も口にした歌も。意図するところをはかりかねて助けるように弁慶に視線を送ってみても、彼は何も答えてはくれない。
一方、望美の反応にヒノエは笑みを深くする。
「ふふっ、受け入れてくれる?それとも、望美は九郎に気があるのかな?」
「??え?何??」
「どういうことだ?」
意味ありげなヒノエの口調に、望美だけでなく九郎も戸惑いを見せる。その二人の様子に、弁慶がようやく口を開いた。
「人が悪いですよ、ヒノエ。先ほど望美さんが口にしたのは、人に知られないように想いを寄せるのは苦しいから顔色に出てしまうでしょうという意味の歌なんです」
嗜める口調の弁慶に対し、あんたに言われたくない、と口にしてからヒノエもその先を続ける。
「だからオレは、オレの姫君を恋い慕う気持ちもはっきり見せたほうがいいかって聞いたんだけど?」
「ええ!?」
自分が口にしてしまった歌の意味を知り、望美の顔が一気に赤く染まる。
これでは九郎に対する遠まわしな告白でしかなくて。そして、その気持ちが否定できるものではないだけに、ただ気まずい。
九郎の顔を直視できずに俯いて、混乱しそうになる頭でどう答えるべきかと考えをめぐらせる。
けれど、望美が弁明するより先に九郎が口を開いた。
「俺たちはそんな関係じゃない」
憮然とした声に、望美は顔をあげて九郎を見つめる。
「馬鹿馬鹿しい」
その、いかにも迷惑だと言わんばかりの口調にむっとして。気がついたときには、声を大きくして言い放っていた。
「こっちだって、九郎さんなんてお断りだよ!」
「なっ!」
お互いに睨みあうように視線を合わせたまま動きを止める。
「明日も早いし、もう休みます!」
ふいっと視線を逸らすとそれだけを言い残して、誰にも声をかける間を与えずにその場を後にする。
(あんな言い方しなくたっていいじゃない)
悲しいより何より腹が立って。そして、自分だけ意識していることがバカらしく思えて。
ぎゅっと眉を寄せたまま、望美は早足で自分の部屋へと戻る。
「!」
ふいに、向かう先の一角から朔が現れて。足元を見るように進んでいた望美は、そのままぶつかりかけて慌てて立ち止まった。
「ごめん、朔。大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
けれど、答えた朔は望美の顔を見つめて首を傾げてみせる。
「望美、あなた怖い顔をしているわ。何かあったの?」
穏やかに尋ねる朔の言葉を聞いた途端、頭に上っていた血がすっと下りて。
そして、急に自分の言ってしまったことを後悔する気持ちでいっぱいになってくる。
冷静に考えてみれば、九郎がからかいの類を軽く流せるような性格でないことなどわかっていたはずなのに。
「朔〜〜」
望美は朔に抱きつきながら、事の次第を一気に話した。
「どうしよう・・・」
「仕方のない人ね」
小さな子供のように呟く望美の様子に、朔は小さな笑みと共に息をひとつ吐いて。やがて、ゆっくりと和歌を口にした。
驚いたように顔をあげて、望美は首を傾げつつ尋ねた。
「それ、もしかして恋歌?えっと・・・恋しい気持ちが長く続いたから表に出ちゃったとか、そういう意味?」
「ええ。九郎殿に教えてあげてはどうかしら」
それはつまり、自分の気持ちを素直に認めて伝えるということで。
戸惑いながらも望美はうなずいた。勢いをつけるためのようなその様子を、朔は微笑んでくれる。

朔に教えてもらった和歌を、慣れないながらも筆でしたためて。完成したそれをじっと眺めてみる。
(・・・なんだか恋文みたい・・・)
そのつもりで書いたものとはいえ、改めてそう思ってみると恥ずかしさに気持ちがくじけそうになるけれど。
それでも望美は勢いよく立ち上がり、九郎の部屋へと向かった。
尋ねていくと、迎え入れてくれた九郎はまだ少し不機嫌な顔のまま、意外そうに口を開く。
「なんだ?怒っているんじゃないのか」
「・・・さっきは言い過ぎたから・・・ごめんなさい」
小さく詫びる望美の言葉に驚きを見せ、九郎はすぐに首を横に振って答える。
「いや、俺も言い方が悪かった。お前が気を悪くするのは当然だ」
先ほどよりもずっと口調をやわらげて、自らも謝罪する。
性別や年齢、そして立場を問わず相手が誰であろうとも、自分の非を素直に認められる九郎。そんなところがやはり好ましいと思える。
(ううん。好ましいってだけじゃなくて、九郎さんのことが好きだから・・・)
はっきりと自覚して、望美は先ほど書き上げたばかりの和歌を、九郎の目の前へと差し出した。
「この歌は、ちゃんと意味がわかっている歌だから教えられます」
「『恋ふる日のけ長くあればみ苑生の韓藍の花の色に出でにけり』どういう歌なんだ?」
受け取った和歌を声に出して、生真面目な顔のまま九郎は尋ねてくる。
最初に朔から聞いたときに、望美ですら意味がよくわからないながらも、恋歌だと気づいた歌だというのに。
わかっていたこととはいえ、九郎の察しの悪さに息を吐き出した。
「・・・自分で調べてください」
「そうだな、自分で調べなくては身につかない」
言葉以上に含まれるものなど、少しも気づいていない様子で九郎は頷きを返す。
「わざわざ文にしたためてくれたんだな。感謝する」
感謝の言葉と共に笑顔を向けられれば確かにうれしくはあるけれど、本当に聞きたいのはそれではなくて。
「どうしてとか、聞かないんですか?」
「?何かあるのか?」
望美の意図するところをわかりかねる様子で、逆に尋ねられても答えられるはずはない。
続ける言葉をなくして望美は逃げるように声を大きくする。
「〜〜何でもありません!ちゃんと調べてください!」
残念なような、けれどほっとしたような複雑な思いのままに望美はその場をあとにする。
(私が九郎さんに恋歌を渡すなんて、思いもしないんだろうな)
それは全く意識をしていないと言われているようにも思えて、それが――悲しい。

やがて、望美が立ち去った後に間を置いて。近くに佇んでいた弁慶がため息を落とす。
「・・・九郎」
「来ていたのか」
「望美さんがどういう意味でその和歌を君に渡したか、わかっているんですか?」
呆れたような弁慶の口調に、九郎は当然だろうと言わんばかりの表情で頷きを返す。
「当然だ。望美自身も慣れない中で、俺の都合につきあってもらっているんだ。感謝している」
弁慶はもう一度、はっきりとため息をついて見せた。
あまりにも予想通りのその答えは、望美の気持ちを考えればとても歓迎できるものではなくて。
「望美さんのために、少しお節介をやきたくなってしまいますね」
見当違いのまま、未だその意味を理解していない九郎に、少しゆっくりとした口調で告げる。
「気のない相手にわざわざ恋歌を送るほど、望美さんも器用な女性ではないと思いますよ」
「!?」
途端、九郎の顔色が変わる。ようやく察した彼に、弁慶は追い討ちをかけるように言葉を続けた。
「九郎、勘の悪い君でもこの意味はわかりますね?」
明らかにむっとした様子を見せて、それでも九郎はすぐに反対の対へと移動していく。
その後ろ姿を見送って、弁慶は笑みを浮かべた。
「さて、これで望美さんの花の笑顔が戻ってくれればいいんですけれど」

「望美、起きているか?」
戸の向こうから聞こえた声に、望美は慌てて立ち上がる。
「九郎さん?」
聞き返すと同時に戸を開けて、九郎の姿を認めると、彼は口元を引き結び生真面目な顔のままに口を開いた。
「こんな時間にすまない。だが、やはり今言っておくべきだと思うからきいてほしい」
「はい?」
戸惑いながらも、望美は九郎を見上げて話を待つ。
「俺は、ずっと戦の中で生きてきた男だ。お前の辛さや思いをいろいろ察してやれなかったことも多いと思う」
(九郎さんの察しの悪さってそれだけが理由じゃないと思うけど・・・)
思わず口に出しそうになった言葉を呑み込むと、真剣な九郎の眼差しに正面から見つめられて、少し居心地が悪い。
けれど、それは嫌なものではなくて。彼らしいものだと思える。
(怒るときも、話すときも、いつでも九郎さんはまっすぐな人だから)
こんな風に拗ねている自分の気持ちさえ、受け止めてくれるのだろう。
だから――
(私も・・・目を逸らしたくない)
その眼差しを、いつも正面から受け止められる自分でありたいと思う。
「だから、その・・・」
自分の言い方が悪いのを自覚しているのだろう。うまく言葉が見つからず、言いよどむ様子を見せていた九郎は、望美と目が合うとふっと表情をやわらげる。
「俺には遠慮する必要ない。お前のためなら、いつでも力になるから・・・許婚としては、その、当然だろう」
力になりたいのだと、心底そう思ってくれているのが伝わってくる。
飾る言葉など知らなくて。察しが悪くて。器用な生き方のできない人なのに。
(それでもいいって思っちゃうのは、惚れた弱みってことなのかな?)
自分で出した結論に、諦めたように望美は笑みをこぼす。
でもやはり、それは少しだけ悔しくて。
(ちょっとだけ・・・困らせてもいいのかな・・・)
わずかに躊躇った後に、望美は九郎に言葉をかける。
「・・・九郎さん、少しだけ屈んでください」
「こうか?」
何の疑いも持たず九郎はその言葉に素直に従い、望美の声に耳を傾けるような姿勢に膝を落とす。
その行動に逆に驚きながらも、望美は急いで九郎の頬に口付けた。
「迷惑だって思っても、諦めてあげませんから」
勢いに任せてみても、そこまで言うのが限界で。耳まで赤くした望美は部屋の中へ戻ろうと素早く背中を向けた。
けれど、その手を素早く掴んで九郎が望美を引き止める。
驚きに俯くのも忘れて望美が見つめると、九郎も負けないくらいに顔を赤く染めていて。
それでも、迷うことなくはっきりと言い切ってみせた。
「迷惑だなんて、思うはずがないだろう」




九郎さんと和歌の組み合わせで書こうと思って書き始めた話でした。
和歌を詠んでいるのは九郎さんじゃなかったりだとか(三つも出てくるのに)
熊野朱雀の二人が目立っていたりだとか・・・
予定外だけど、予想の範疇のような(笑)

素直じゃないけど素直な二人、と考えたときに連想したのが九望でした。
九郎さんの察しの悪さは周知の事実かと思いますが、そんなところがかわいくて愛おしくて仕方ありません!
これからも勘が冴え渡ったりはしないでほしいなぁ〜





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